SCCEDSとの戦い方 - 千葉seaside動物医療センター|習志野市津田沼の動物病院(千葉シーサイド)

SCCEDSとの戦い方

眼科 日下部 浩之
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SCCEDSは犬の代表的な角膜疾患である

SCCEDSは「突発性慢性角膜上皮欠損症」(Spontaneously chronic corneal epithelial defects)の略称です。この病気は犬に特有の角膜疾患です。

病気のくくりは「角膜潰瘍」ですがSCCEDSの病態/治療方法/予後は、シンプルな角膜潰瘍とは全く異なります。

犬の角膜は厚みが約0..7mmで、4つの層で成り立っています。①基底膜を含む角膜上皮層、②角膜実質層、③デスメ膜、④角膜内皮細胞層です。

SCCEDS の病態生理学は完全には解明されていませんが、角膜実質層にヒアリン膜(硝子膜/HAZ)が形成されることで①角膜上皮層と②角膜実質層の接着が妨げられることで生じると推察されています。治療の主な目的はこの硝子膜(HAZ)を除去することで、上皮細胞の接着を促進することです。

SCCEDSは獣医師にとっても飼い主にとっても非常にフラストレーションが溜まる病気である

硝子膜(HAZ)によって角膜上皮層と角間実質層との接着障害が生じるために、通常の角膜潰瘍の治療(主に点眼治療)ではなかなか治癒しません。実際に当院に紹介される患者さんも2週間-1ヶ月以上点眼治療で改善しないため来院されるケースがほとんどです。

HAZをどうやって除去するかが、SCCEDSとの戦い方になります

世界中でこのSCCEDSに対しての治療成績が報告されており、これらを踏まえて当院ではまず3つのステップを飼い主様にご提案しています。

STEP1 綿棒によるデブライドメント+コンタクトレンズ(BCL)装着

接着が不十分で浮いている角膜上皮層を綿棒によって剥がしていきます。綿棒による研磨でもある程度の治癒率(50%以上)が期待できます。不十分な剥離は治療率を下げてしまうため、できる限り丁寧に角膜全体にわたって剥離作業を行います。メリットとすると点眼麻酔のみで実施可能であり、すぐ実施することが出来ます。

また、コンタクトレンズ(BCL)を装着することで治癒期間の短縮が得られること、ヒトを対象として複数の研究では、BCLの使用により不快感が大幅に軽減することが実証されているため、当院でも積極的に装着するようにしています。

STEP2 角膜実質穿刺+コンタクトレンズ(BCL)装着

STEP1で治癒しない症例あるいは、治療経過がすでに長い症例で選択します。角膜実質浅層にあるHAZを除去することが治療目的であり、様々な治療方法が報告されています。角膜格子状切開、角膜点状穿刺、ダイヤモンドバーを用いた掻爬、メス刃を用いた掻爬などがあります。

当院では、局所点眼麻酔と鎮静剤を用いてダイヤモンドバー(DBD)による角膜実質浅層のHAZの除去を行います。〈※動物の性格的に鎮静処置で実施出来ない場合には全身麻酔を用いて処置を行う場合もあります。〉

この処置を行う前にはもちろん接着が不十分である角膜上皮層を綿棒でしっかりと剥離します。DBDの際に意識することは、①プローブと角膜の接触圧をより高く、②DBDの時間をより長くすることです。もちろん患眼の眼圧や使用するダイヤモンドバーの粒径など考慮すべき多くの要因がありますが、大切なのはHAZの除去を確実に行うことです。DBDの処置時間に関しては、45-60秒でHAZの厚みが有意に減少したとの報告もあり、90秒以上が推奨されています。

STEP1と同様に治癒期間短縮と不快感軽減を目的に処置後にBCLを装着し終了します。

処置後の内科治療としては、治癒促進を目的にヒアルロン酸ナトリウム点眼、2次感染予防に抗生剤点眼、鎮痛を目的にアトロピン点眼を行います。また反射性ぶどう膜炎(角膜の三叉神経という感覚神経を伝って眼の中に炎症が波及すること)の制御に非ステロイドの内服薬を処方します。

STEP3 角膜表層切除術(±結膜被覆術)

STEP2で治癒しない場合でも、上記の治療を繰り返すことで治癒率の更なる改善が期待できます。しかし繰り返し全身麻酔が必要になるケースでは、さらに治癒率の高い治療法を選択する必要があります。この方法として角膜表層切除術になります。特殊なナイフ(クレッセントナイフ)を用いて角膜表層(0.1〜0.2mm程度)を剥離します。2024年の報告ではできる限り薄い剥離(約1/5程度)でもほぼ100%の治癒率でした。やはりこの治癒率の高さは、確実に角膜上皮基底膜や角膜実質浅層のHAZを除去できるからだと思います。デメリットは全身麻酔が必ず必要であること、他処置と比較しやや高額になることが挙げられますが、鎮静処置がそもそも危険な犬種(短頭種など)、性格的に鎮静だと安全に処置が行えないケース、治癒率の高さからFirst choiceになる場合もあります。また、当院では治癒期間短縮および再発予防を目的に結膜を被覆する場合もあります。

Spotlight

角膜格子状切開(Stanleyらの報告/1998年)▶︎治癒率75%、期間13.4±5.1日

ダイヤモンドバー+コンタクトレンズ装着(Goslingらの報告/2012年)▶︎治癒率87.5%(35/40眼)

ダイヤモンドバー単独(Wuらの報告/2018年)▶︎治癒率77.4%(82/106眼)、期間13.3±4.9日

ダイヤモンドバー+角膜格子状切開 (Wuらの報告/2018年)▶︎ 治癒率77.3%(68/88眼)、期間15.4±5日

ダイヤモンドバー(Hungらの報告/2020年)▶︎治癒率73.9%(252/341眼)、期間15.7±4.9日

メス刃による掻爬+角膜格子状切開(Boutinらの報告/2020年)▶︎治癒率97.1%(299/308眼)、期間11.5日

角膜表層切除術+BCL装着(William Irvingらの報告/2024年)▶︎治癒率99%(120/121眼)、期間21日

Point

SCCEDSは角膜上皮層と角膜実質層との接着障害が原因で起こる角膜潰瘍である。

病態は未だ不明であるが、上皮基底膜の異常や、角膜実質浅層に形成される硝子膜(HAZ)が原因として考えられており、治療の目的はこの部分を確実に除去することにある。

治療の選択肢として様々な報告があるが、症例の年齢/性格/治療経過/治療にかかる費用などを総合的に考慮した上で決定する

参考文献情報

Enry Garcia da Silva,et al. Histologic evaluation of the immediate effects of diamond burr debridement in experimental superficial corneal wounds in dogs. Veterinary OphthalmologyVolume 14, Issue 5 p. 285-291

Stanley RG, Hardman C, Johnson BW. Results of grid keratotomy, superficial keratectomy and debridement for the management of persistent corneal erosions in 92 dogs. Vet Ophthalmol. 1998; 1(4): 233-238.

Wu D, Smith SM, Stine M, et al. Treatment of spontaneous chronic corneal epithelial defects (SCCEDs) with diamond burr debridement vs combination diamond burr debridement and superficial grid keratotomy. Vet Ophthalmol. 2018; 21(6): 622-631.

Marie-Pier Boutin ,et al. Cotton-tip debridement, scalpel blade debridement, and superficial grid keratotomy for treatment of spontaneous chronic corneal epithelial defects (SCCED): A retrospective evaluation of 308 cases. Veterinary OphthalmologyVolume 23, Issue 6 p. 979-986

Joyce H. Hung, et al. Clinical characteristics and treatment of spontaneous chronic corneal epithelial defects (SCCEDs) with diamond burr debridement. Veterinary OphthalmologyVolume 23, Issue 4 p. 764-769

William Irving ,et al . Superficial keratectomy for the treatment of spontaneous chronic corneal epithelial defects in dogs.

投稿者プロフィール

日下部 浩之
日下部 浩之 HIROYUKI KUSABE (眼科)
犬のSCCEDSは、当院にご紹介していただく角膜疾患の中でもTOP3に入るほど多い疾患です。
角膜上皮細胞の再生能力はとても高く、損傷後数分で潰瘍周辺部の角膜上皮細胞が滑り込むことで創傷治癒が始まります。
滑り込んだ上皮細胞が細胞分裂し多層性の角膜上皮細胞層を再構成します。この際にはヘミデスモソームという接着剤を介して角膜基底膜と上皮細胞層をしっかりと結合させます。
このように短期間で角膜上皮細胞層の再構成と基底膜との接着性を再構築し治癒するはずだった創傷治癒過程が、基底膜の異常や角膜実質浅層の硝子膜形成によって、上皮細胞層の接着障害をきたし常に角膜上皮層が剥離した状態になってしまいます。
治療はBCLやDBDが普及し、以前よりずっと治療成績が上がり飼い主様やわんちゃんへの負担も軽減しました。
しかし、DBDも治癒率が80%程度であり、またDBDとBCLの合併症も報告されています。また鎮静剤投与が逆に動物にとって負担になりうる場合(特に上部気道閉塞を起こしやすい短頭種)もあり、個々の症例の性格/治療経過/生活環境/かかる費用などを総合的に考慮した上で、治療のご提案ができればと考えております。
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